
■時間を管理する日と、時計文化を祝う日
皆様、こんにちは。
6月10日は「時の記念日」です。
そのルーツは飛鳥時代に遡り、天智天皇が漏刻(水時計)を用いて日本で初めて人々に時刻を知らせた故事に由来します。その後、大正時代の1920年に、当時はまだ時間にルーズだった人々に「時間を正確に守る」ことを啓蒙し、生活改善を目指す目的で制定されました。つまり、時の記念日は「時間を管理し、効率よく生きる」ための日本独自の記念日なのです。
一方で、スイスで誕生した「10月10日 ワールド・ウォッチ・デイ(World Watch Day)」という記念日があります。これは、時計の針が調和を象徴する「10時10分」の位置になることにちなんでおり、時間を管理する道具としてではなく、「時計製造の芸術性、文化、革新、遺産」そのものを世界的に祝う日です。
時間を正確に知るだけなら、スマートフォンやスマートウォッチで事足りる現代。この対照的な2つの記念日は私たちに、ある根源的な問いを投げかけます。
「なぜ私たちは今、あえて機械式時計を求めるのでしょうか?」
■私たちが時計に合わせて生きるようになったのはいつからでしょう?
イギリスの時計師であり歴史家でもあるレベッカ・ストラザーズ博士は、人類がどのように時間を測定し、時間という概念に合わせて生活するようになったのかを歴史的に紐解いています。時計は単なる便利な道具にとどまらず、人々のライフスタイルや社会のあり方を大きく変えるきっかけにもなりました。
1分1秒を正確に管理できるようになった結果、私たちは「タイパ(タイムパフォーマンス)」を意識しすぎて、少し慌ただしい毎日を送ってはいないでしょうか。
ドイツ人作家のミヒャエル・エンデ(著・イラスト)が描いた名作童話『モモ』に登場する時間泥棒のお話のように、効率を求めて時間を節約すればするほど、かえって心のゆとりを忘れてしまうこともあるかもしれません。

実は、現代の私たちが持つ「時間」の感覚に対して、世界中のあらゆるジャンルの知性たちがさまざまな視点から思いを巡らせています。
フランスの哲学者アンリ・ベルクソンは「時計の針を見るのをやめた時に、初めて本当の時間を生きることができる」と語り、アメリカの文明評論家ジェレミー・リフキンも、人間が効率性を追い求めた結果、時間に縛られるようになってしまった歴史を指摘しました。
日本でも、解剖学者の養老孟司氏がデジタルな時間と身体の時間のズレについて言及し、音楽家の坂本龍一氏も生前、「自然の時間は本来デコボコで曖昧なものなのに、人間が時計という定規を持ち込んで一律に区切ってしまった。現代人はその人工的な時間に合わせることで疲弊している」と語っていました。
ドイツ、イギリス、フランス、アメリカ、そして日本。世界中の人々が国境を越えて「現代人は少し時間に縛られすぎているのではないか」と立ち止まり、考えているのです。
ここで、古代ギリシャから伝わる3つの「時間」の概念を振り返ってみましょう。
これらを知ることで、私たちが普段意識していない「時間」の多様な側面が見えてきます。
- ① クロノス(Chronos) ― 私たちが「管理する・される」時間 過去から未来へと一定の速度で流れる機械的な時間。現代人がスケジュール帳やスマートフォンの時計で管理している、「1分1秒」という均質な時間を指します。
- ② カイロス(Kairos) ― 私たちが「心で感じる」特別な時間 人間の内面的な感覚による、主観的で豊かな時間。「楽しい時間はあっという間に過ぎる」と感じるような、心が動かされる忘れられない一瞬や質的な時間を意味します。
- ③ イーオン(Aeon) ― 宇宙が織りなす「永遠」の時間 地球の自転や公転が作り出す、永遠に続く大いなる「宇宙のリズム」。人間の一生をはるかに超えた、壮大で無限のサイクルです。
私たちがスマートフォン(クロノス)の数字ばかりを気にしていると、人生を豊かにする「カイロス」や、自然の大いなるサイクルである「イーオン」の存在を、ふと忘れてしまいそうになります。

■永遠(イーオン)に思いを馳せ、カイロスを味わうための芸術
時計が私たちの生活を規則正しく導いてきた歴史がある一方で、現代の偉大な時計関係者たちは「時間を単なる数字ではなく、味わい深い芸術として楽しむための時計」を世に送り出しています。
スイス時計界の伝説的経営者であるジャン=クロード・ビバー氏は、こう語っています。
「私たちが売っているのは、時間ではない。『永遠』であり『アート』だ」。
デジタル機器が数年で役割を終えることが多いのに対し、機械式時計は「人間の寿命を超える時間(イーオン)」に寄り添う存在です。
天才と呼ばれたイギリスの故ジョージ・ダニエルズ氏は、自身の手作り時計を「宇宙の運行とシンクロする芸術」と表現し、独立時計師の巨匠フィリップ・デュフォー氏も「私が死んだ後でも修理して動かせる時計」を作り続けています。
現代の素晴らしいメゾンたちも、時間を「管理する」のではなく「味わう」ための芸術を生み出しています。
例えば、ARMIN STROM(アーミン・シュトローム)の「グラヴィティ・イクォール・フォース INDIGO」やレゾナンスモデル。彼らは、「時間とはエネルギーの調和である」という事実を、共振などの力学的なドラマとして時計の表面でダイナミックに可視化しています。デジタルな数字ではなく、1秒の裏側にある物理的な美しい営みを魅せてくれるのです。

また、CZAPEK(チャペック)の「Antarctique SASHIKO(アンタークティック サシコ)」は、規則正しく未来へと進む西洋の直線的な時間に、東洋の精神を優しく融合させました。日本の「刺し子」は、女性たちが膨大な時間と祈りを込めて布を縫い合わせた文化です。その幾何学模様を文字盤に刻むことで、「時間はただ過ぎ去るものではなく、人間の営みや祈りが積み重なって編み上げられていくもの」という美しいメッセージを放っています。

さらに、オランダのChristiaan van der Klaauw(クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ)が手がける天文時計「プラネタリウム アイゼ・アイジンガー」は、まさに「イーオン(宇宙の時間)」を腕元に再現した傑作です。世界最古のプラネタリウムをオマージュした木目調の美しい文字盤の上で、水星から土星までの軌道をリアルタイムで表示し、ジュネーブ・ウォッチ・グランプリでカレンダー・天文学賞を受賞しました。果てしない宇宙のサイクルを静かに感じさせてくれる一本です。

■ シェルマンの店頭で、特別な「時間」との出会いを
そもそも私たちが使っている時間は、地球や太陽の運動という「宇宙のリズム」が基準となっています。 私たちが時折、機械式時計のゼンマイを巻き、時間を合わせる行為。それは単なる時刻調整ではなく、「自分の時計を宇宙のリズムに同期させる瞬間」でもあります。
機械式時計を腕に巻くこと。それは、私たちを急かすデジタルな時間から少しだけ離れ、無限に続く宇宙の時間(イーオン)を感じながら、自分だけの豊かな特別な時間(カイロス)を取り戻すための、ささやかな宣言なのです。
6月10日の「時の記念日」。 今年は少しだけデジタルの時計から目を離し、ご自身の「時間」との向き合い方について、立ち止まって考えてみてはいかがでしょうか。
その豊かな時間を取り戻すきっかけとして、遠い宇宙の法則を職人たちが手作業で小さなケースに閉じ込めた「未来のアンティーク」たちに触れてみるのも素敵です。 ぜひ時の記念日を機に、シェルマンの店頭へお越しください。その本当の美しさと温もりをご自身の手で触れていただき、あなただけの特別な時間を共に歩む、運命の一本との出会いをお楽しみいただければ幸いです。
