(ゆっくりと自転する、赤く神秘的な「火星」の姿。そこからカメラが静かに引いていくと、文字盤に本物の「隕石(メテオライト)」のスライスを採用した、ルイ・モネの息を呑むほど美しい時計が現れます。特有の幾何学模様(ウィドマンシュテッテン構造)が、光の反射で妖しく、美しくきらめく超クローズアップの動画からスタートします)

皆様、こんにちは。シェルマンでございます。

前回は、18世紀の大航海時代を背景に、機械式時計として可能な限りの安定性を保ち、高精度を追い求めたドイツの名門『WEMPE(ヴェンペ)』のお話、そして時計業界を陰で支える「リテーラー(時計宝飾商)」という誇り高き目利きの役割についてご紹介いたしました。

さて、本日お届けする第4話ですが、その旅の水先案内星は、夜空のなかでも一際妖しく、赤く燃え盛る情熱の星「火星(Mars)」です。ギリシャ・ローマ神話では、戦いと情熱を司る軍神「マーズ(アレス)」の名を冠するこの星。 実はこの星、ただ情熱の象徴というだけでなく、現代の私たちがその文字盤に触れることのできる「本物の宇宙の破片(隕石)」が、はるばる地球へと旅立つ故郷でもあるのです。

今回は、実用精度を追い求めたヴェンペの傍らで、天文学へのあまりに純粋な「情熱」から、世界で初めて「時を止めて記録する機械」を作り上げた、フランス宮廷屈指の知性派時計師の物語へと皆様をご案内いたします。

 

▍時計界の絶対王者ブレゲが、最も信頼した「パートナー」

皆様は、時計の歴史における「神様」と呼ばれる人物をご存じでしょうか。 そうです、トゥールビヨンやパーペチュアルカレンダーなど、現代の高級時計の基本機構を発明したとされる天才、アブラアン=ルイ・ブレゲです。

本日ご紹介するルイ・モネ(Louis Moinet)は、その「時計の神様」ブレゲと、単なる師弟関係を超えた、極めて深い友情と敬意で結ばれた「生涯のパートナー」だったのです。

ルイ・モネは、ブレゲより約20歳年下の時計師でした。 彼は若き日にイタリアで彫刻や絵画、建築を学び、フランスに帰国後はルーヴル宮殿に置かれた「美術アカデミー(ボザール)」の教授を務めるほどの一流の芸術家でもありました。 しかし同時に、天文学、数学、物理学、機械工学に精通した、稀代の「科学者」でもあったのです。そのあまりに高すぎる知性と、時計づくりへの誠実な情熱に深く惚れ込んだのが、晩年のブレゲでした。

ブレゲは自らの右腕、そして個人的なアドバイザーおよび友人として、ルイ・モネを自らの「秘書(セクレタリー)」として数年間にわたりそばに置きました。ブレゲが頭の中で生み出し、まだ言葉になっていなかった壮大な時計づくりのアイデアや物理学的な理論。これらを後世に残すための論文として体系的に書きまとめる大役を任されたのが、他ならぬルイ・モネだったのです。お互いの知性を誰よりも理解し、深いリスペクトで結ばれた二人の関係。それを示す、時計史を揺るがすような「美しいエピソード」が残されています。

▍天体観測の「情熱」のために、世界初のクロノグラフは生まれた

ルイ・モネは、毎夜、望遠鏡で夜空の星々を観察することに魂を燃やす、生粋の天文学者でもありました。 そんなある日、彼は一つの大きな壁にぶつかります。

「星が望遠鏡のレンズを横切る、その一瞬の時間を、どうにかして正確に計ることはできないだろうか?」

当時の時計には、今のように「ストップウォッチ(クロノグラフ)」の機能など存在しません。時間を計るためには、運針する秒針を目で追いながら、頭の中で数えるしかありませんでした。 しかし、星の動きを観察する天文学において、そのあいまいで感覚的な測定は許されません。

「無いのであれば、自分で作ってしまおう」

そう決意したルイ・モネが、1815年から1816年にかけて作り上げたのが、『コンター・ドゥ・ティエルス(Compteur de Tierces)』 すなわち「世界最初のクロノグラフ」だったのです。この機械、何が驚くべきかと言いますと、現代の一般的な機械式時計が1秒間に「8回」振動するのに対し、なんと1秒間に「60回」も振動(毎時21万6000振動)する超高周波の心臓部を、今から210年も前に完成させていたのです。これによって、1秒の「60分の1」という、当時としては信じられないほど細密な時間をピタッと止めて測定することが可能になりました。

そして、この奇跡の機械を組み立てる際、その精緻な製作を担ったのは、ブレゲの工房に所属するお抱えの天才時計職人(ジャン=ニコラス・フォルタン)でした。 ブレゲは、ルイ・モネの天文学への情熱と発明の素晴らしさを全面的に支持し、「私の工房の職人を、喜んで君のために使いなさい」と、特別な許可(Permission)を与えたのです。

絶対王者がその技術と信頼をすべて預け、共に宇宙の真理を追い求めた男。 それが、ルイ・モネという時計師の、真の姿なのです。

▍ナポレオンを魅了した芸術と、1816年へのオマージュ『1816』の美

美術アカデミーの教授でもあったルイ・モネの作品は、その精密なメカニズムだけでなく、息を呑むほどに美しい工芸美でも人々を熱狂させました。 彼が手がけた、ブロンズ彫刻が施された芸術的な置時計は、あのナポレオン・ボナパルトや、アメリカのトーマス・ジェファーソン大統領、ジェームズ・モンロー大統領、そしてイギリス国王ジョージ4世といった、歴史上の錚々たるリーダーたちに愛用されました。

天文学という「宇宙の真理」と、工芸美術という「至高のアート」。 この二つが美しく融合したルイ・モネの哲学。今回のイベントにおいて、その絶対的な主役としてご紹介するのが、記念碑的モデルである『1816』のシリーズです。

この『1816』は、世界初のクロノグラフが完成した「1816年」へのオマージュとして誕生したモデル。 手彫りのエングレービング(彫金彫刻)で飾るような美術時計とはまた異なり、こちらのモデルは、極限まで「引き算の美学」と「高貴な仕上げ(フィニッシュ)」を突き詰めた、極めて端正な佇まいを持っています。

何より目を奪われるのが、その透き通るように深く美しい、端正な光沢を湛えた文字盤の質感です。 華美な装飾に頼ることなく、純粋な色彩とクリアな光の反射だけで見せるその美しいダイヤルは、文字盤の上に誇らしげに浮かぶ立体的でシャープなインデックスや、美しく誇り高く時を運ぶ針の存在をこれ以上なくエレガントに引き立てています。 さらに、ケースやベゼルの細部にいたるまで、極限まで「気が利上げられ(丁寧に磨き上げられ)」製作された驚異的な仕上げのクオリティは、ルーペを覗き込んだ瞬間に、鏡のように歪みなく光をはね返すそのエッジの鋭さに、思わずため息が漏れるほどです。 奇をてらうことのないクラシカルでインテリジェントな佇まいのなかに、時計づくりの誠実な手仕事と圧倒的な品格が宿る。これぞまさに、本物を知る大人にこそふさわしい「用の美」の最高峰です。

そして、この『1816』の端正な美しさに、寄り添うようにして静かな光を放つのが、もう一つの傑作である『スーパームーン(SUPER MOON)』です。

こちらは文字盤の3時位置に配された特製のカプセル(アルミ製)の中に、「本物の月の隕石の微片」をそっと閉じ込めるという、極めて詩的で知的なスタイルを採っています。 およそ45億年前、地球との劇的な衝突(ジャイアント・インパクト)によって宇宙に誕生したとされる月。その遥かなる夜空に浮かぶ伴星から、長い旅路を経て地球へと降り注いだ、正真正銘の「宇宙の記憶」です。 (※月の隕石は岩石質のため、鉄隕石のような幾何学的なウィドマンシュテッテン構造は現れません。だからこそ、そのカプセルに閉じ込められた素朴な宇宙の破片は、より一層、神秘的なオーラを放ちます)

1816年、初代ルイ・モネが毎夜のように望遠鏡で覗き、その運行を記録したいと願った「あの美しい月」の物質が、およそ45億年の時空を超えて、美しき時計のなかで静かに佇んでいる。

ただの「流行りのデザイン」や「高価な素材」というレベルを遥かに超えた、知的な工芸と宇宙のロマンが奇跡的な同居を果たすこの佇まいこそ、ルイ・モネというブランドが持つ、他の何者にも真似のできない唯一無二の魅力なのです。

Stacked from 16 images. Method=B (R=3,S=10)

▍日常に「知的な余白」という、贅沢な時間を

スマートフォンという情報端末(Information Terminal)を見れば、1秒の遅れもなく、今日という日がデジタルデータとして自動的に「記録」されていく現代。そんな時代に、遥か45億年の時空を超えた「月の記憶」を腕元に宿し、あるいは完璧な仕上げが施された極上の時計を手に取って、その上でチクタクと鼓動を打つ機械式時計を見つめること。

それは、時間というものが単に「効率的に消費すべき数字」ではなく、はるか宇宙の誕生から未来へと続く、大きな大きな川のようなものであることを、私たちに静かに教えてくれます。

「自分は今、この広い宇宙の中で、たった一度きりの、愛おしい時間を生きているのだ」

ふと手元を見つめるたびに、そんな「知的な余白」を心に与えてくれるルイ・モネの時計は、単なる遅れずに動く実用品ではありません。 皆様の人生の、最も尊く、美しい思い出をそっと呼び覚ます、「あたたかな記憶のスイッチ」なのです。

 

▍次回予告:天井の宇宙から、近代の光へ

天体観測へのあまりに純粋な「情熱」が生んだ、ルイ・モネの宇宙の芸術。 しかし、宇宙の真理を地上に、そして人々の生活の中に再現しようとした情熱は、もう一つの「巨大な奇跡」を、18世紀のオランダに生み出していました。

それは、ある一人のアマチュア天文学者が、自宅の「居間の天井」に、本物と全く同じ速度で動く太陽系を再現してしまった、世界最古のプラネタリウムの物語 。

そして、そのプラネタリウムのDNAが、250年の時空を超えて、ここ日本の「大阪」、そして今回のイベント会場へと、目に見えない光の線で繋がっていく、驚くべき運命。

次回、【第5話】天井の宇宙から、近代の光へ ── プラネタリウムが繋ぐ、オランダ・ドイツ・大阪の知の系譜

天空の神の名を冠する星「天王星(Uranus)」の小話をマクラに、世界最大級のプラネタリウムを誇る「名古屋市科学館」や、日本初のプラネタリウムの聖地「大阪」と、CVDK(クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ)が結ぶ、ロマンチックな「星空のバトン」をご紹介いたします。

どうぞ、お楽しみに。

シェルマンでした。

シェルマンオフィシャルサイト

1971年にアンティークショップとして創業したシェルマンは、パテック・フィリップをはじめとしたアンティークウォッチの名品の数々や美術工芸品ともいえるアンティークジュエリーを中心に展開してまいりました。
そして現在は、大手メゾンに属さず時計づくりに励む独立時計師のユニークな作品、独自の信念やこだわりを持って製作される現行ブランドの時計、複雑機構を搭載したクォーツ式のオリジナルウォッチの開発・製作など、アンティークの枠を越え、時代や流行を越えて受け継がれる名品をコンセプトに、幅広いジャンルの作品を取り扱っています