2025年は、クリスティアン・ホイヘンスによる「ひげゼンマイ」発明350周年の記念すべき年です。この節目に、彼の系譜を継ぐ「独立時計師とスモールメゾン」の皆様に、作品への哲学や想いを綴った「直筆レター」を添えていただきました。こちらでは、各ブランドの手紙の詳細をご紹介させていただきます。


直筆レター 日本語訳 ▶

テンプの発明とその進化

16世紀初頭には、すでに最初の携帯時計が登場していました。もっとも知られているのは、ニュルンベルクのペーター・ヘンラインによる懐中時計で、すでに振り子に似た「テンプ」を備えていました。このテンプが規則的に往復運動を行うためには、元の位置へ戻す力が必要です。初期の時計では「スピンドル脱進機」と呼ばれる仕組みにより、その復元力をムーブメントが直接与えていました。テンプの動きを調整するために、当時は豚毛を2本用いて、バネのように弾むストッパーとして機能させていました。想像に難くないように、この方法は非常に不正確で、時計には時針しかなかったのです 。

やがて、実用的な振り子時計を発明したクリスティアン・ホイヘンスが、テンプを戻す力としてらせん状のバネ(ヒゲゼンマイ)を利用することを提案しました。しかし同時期に、ジャン・ド・オートフイユやロバート・フックも同様の発想を抱いており、誰が最初かをめぐって論争が起こります 。当時は航海用時計の開発が盛んで、揺れる船上でも動作する姿勢変化に強い調速機構が求められていたのです 。ホイヘンスは、パリ宮廷時計師イサーク・チュレに製作を依頼し、世界で初めてこの構造を実現しました。チュレは当初、発明を自分の功績と主張しましたが、後にホイヘンスへ謝罪しています 。

初期のゼンマイはすべて手作業で曲げられ、巻き数も少なかったものの、テンプとヒゲゼンマイによる独立した振動が確立され、精度は大幅に向上しました。素材は薄い鋼帯でしたが、鋼は温度上昇で弾性が低下するため、温かい環境では遅れが生じます。これを補うために、時計師たちはバイメタル構造による温度補正を考案しました。ブレゲはバイメタルを使ってゼンマイの有効長を調整し、トーマス・アーンショウは温度で収縮する複金属製テンプ輪を考案 。ジョン・アーノルドが1772年に実用化し、「補償テンプ」が誕生しました 。

やがてヒゲゼンマイは機械的に成形され、焼き戻しによる美しい青色を帯びるようになります 。

精度が上がるにつれ、中心のずれなど新たな誤差も見つかり、ブレゲは外端の形状を工夫することで、常に軸中心で動く「ブレゲ巻き」を生み出しました。同じ理由から、船時計には円筒形ゼンマイが用いられ、後にはスイスの時計師たちがこれらを融合した樽型ゼンマイを完成させました 。その後、シャルル=エドゥアール・ギヨームが発明したエリンバー(Elinvar)は、温度変化に対してほぼ一定の弾性を持つ合金で、補償テンプを不要にしました 。ただし素材が柔らかく、扱いが難しいという欠点がありました 。

1933年、ラインハルト・シュトラウマンが発明したニバロックス(Nivarox)は、ニッケル、クロム、ベリリウムを含み、高い弾性と耐食性、耐磁性を兼ね備え、今日まで広く使用されています。近年では再び青焼き処理も可能となり、伝統的な外観とともに、作業性も向上しています。そして現代の最新技術が、シリコン製ヒゲゼンマイです。半導体のエッチング技術を応用し、シリコンウェハーから精密に切り出され、酸化層で温度安定性を確保 。軽量かつ硬質で、抜群の精度を誇りますが、塑性変形が一切できず、限界を超えると瞬時に破損するため、調整や修理はできません 。

モデル「Georg(ゲオルク)」

私たちのモデル「Georg」は、歴史的な時計とは一線を画すデザインです 。インスピレーション源は、脈拍を測るために大きな秒針を備えたドクターズウォッチ。角形ケースでもそれを実現するため、分針の軸を上方にずらし、ムーブメント内部に十分な空間を確保しました。ブリッジと受けにステンレススチールを採用したのは新しい試みで、構造の剛性を高めると同時に、機構の動きをより開放的に見せています。金無垢の輪列と、脱進機とテンプの動きを眺めることができるのも魅力です。磨き上げられたスチールの輝きが、ムーブメント全体に生命感のあるコントラストを与えます 。青焼きされたニバロックス製ヒゲゼンマイは、職人の手によるブレゲ巻き。テンプの振動数は手作業で調整され、16本の交換式ゴールドスクリューによって微調整が行われます。テンプ輪にはベリリウムブロンズを使用し、高い安定性と耐磁性を備え、金メッキの必要もありません 。

身につける歓び

親愛なる時計愛好家の皆さまへ。「Georg」は、身につけることで完成する時計です。毎朝、オニオン型リューズを回してゼンマイを巻く、そのひとときを儀式のように楽しみ、ゼンマイの鳴る音に耳を傾けてください。時計の心臓が動き出す瞬間を、指先で感じられるはずです。ケースバックは手首に沿うよう緩やかに湾曲しており、日常の中でさりげなく寄り添いながら、明瞭で正確な時を示します 。夜、腕から外したときには、ぜひ背面のサファイアガラス越しに機構を眺めてみてください。端正で美しい構造と、職人が施した数々の手仕上げのディテールが、あなたの発見を静かに待っています 。

 

GEORG

手巻き(Cal. VⅢ )
パワーリザーブ:約55時間
ケースサイズ:40.0mm×32mm
ケース:18Kホワイトゴールド
防水性:3気圧
10,230,000円税込 ※2025年11月現在

 


2001年にドイツ・ザクセン地方の時計作りの発祥地であるドレスデンで設立された高級時計メーカー。設立者は、5代目の時計職人であるマルコ・ラング(Marco Lang)氏とミルコ・ハイネ(Mirko Heyne)氏です。ミルコ・ハイネ氏は2002年に、マルコ・ラング氏は2019年にブランドを去り、現在はイェンス・シュナイダー氏が開発責任者として同ブランドを率いています。

19世紀のドレスデンの時計マイスターたちが、高度に洗練されたオーダーメイドや極少量の作品を製作していた時代の伝統を受け継いでいます。時計の心臓部であるムーブメントはもちろん、針やケースに至るまで自社で設計・製作を行う「マニュファクチュール」です。すべて手作業で芸術作品とも呼べる時計を製作しているため、年間の生産本数はわずか数十本と極めて希少です。

シースルーバックから見えるムーブメントの仕上げは圧巻で、ゴールド・シャトン、ブルースティール加工されたビス、錫研磨されたスワンネック緩急針など、伝統的な技法がふんだんに用いられています。ムーブメントの土台(プレートやブリッジ)には、豚毛ブラシなどを使った特殊な工法で「ざらざらとした繊細な革のような」表面仕上げが施され、最後にゴールドメッキで仕上げられます。多くのモデルで、ケースや針にはプラチナや各種ゴールド(ローズ、イエロー、ホワイト)といった貴金属のみが使用されます。歯車(輪列)にも硬質のローズゴールドが使われています。小規模な工房ならではの特徴として、顧客の要望に応じたエングレービング(彫金)やダイアル(文字盤)の色の変更など、細かなカスタマイズにも対応しています。また、LANG & HEYNEのモデル名は、ザクセン王国の王や公爵など、歴史上の人物に由来しています。

 

 

シェルマンオフィシャルサイト

1971年にアンティークショップとして創業したシェルマンは、パテック・フィリップをはじめとしたアンティークウォッチの名品の数々や美術工芸品ともいえるアンティークジュエリーを中心に展開してまいりました。
そして現在は、大手メゾンに属さず時計づくりに励む独立時計師のユニークな作品、独自の信念やこだわりを持って製作される現行ブランドの時計、複雑機構を搭載したクォーツ式のオリジナルウォッチの開発・製作など、アンティークの枠を越え、時代や流行を越えて受け継がれる名品をコンセプトに、幅広いジャンルの作品を取り扱っています