2026年5月17日(日)、スイスのサント・クロワから、ひとりの天才が日本の地に降り立ちました。今、世界中の時計愛好家から熱狂的な視線を浴びる独立時計師、シルヴァン・ピノー(Sylvain Pinaud)氏。
彼を迎えて日本橋三越本店 本館6階 ウォッチギャラリー cal.BARで開催されたのトークイベントは、大盛況のうちに幕を閉じました。
そして、今回のトークイベントでナビゲーターとして、ご登壇してくださったのは、時計ジャーナリストのまつあみ靖氏。ピノー氏の胸の奥にある「ものづくりへの哲学」、そして独自の道を切り拓いてきた職人としての歩みを、深く紐解いていただきました。
それでは、興奮冷めやらぬイベントの様子と、当日のハイライトを、長くなりますが余すところなくお伝えさせていただきます!
シルヴァン・ピノー氏からのご挨拶
トークイベントの冒頭ではまず、シルヴァン・ピノー氏から、日本のファンに向けてご挨拶がありました。ステージに登壇したシルヴァン・ピノー氏は、その気さくな雰囲気ながらも、強い意志を秘めた瞳が印象的でした。
ピノー氏:「皆様本日はお集りいただき、ありがとうございます。今回日本へははじめて来日しました。このイベントに‟わくわく”しています。このイベントで私どもの時計作りについて知っていただければと思います。本日はどうぞよろしくお願い致します。」
まつあみ氏が語る「ピノー氏の軌跡」
続いて、時計ジャーナリストのまつあみ氏から、ピノー氏が歩んできた輝かしい軌跡について語っていただきました。
まつあみ氏:「ピノー氏は今、時計製造の聖地スイス・ジュラ地方を拠点に活動し、世界中から最も熱い視線を浴びている独立時計師のひとりです。
キャリアの幕開けは1998年。フランスの名門『モルトー時計学校』を卒業されたピノー氏は、古典時計の修復という果てしない世界に身を投じます。何世紀も前の巨匠たちが遺した技術と対話し、伝統技法を徹底的にその身に叩き込んだわけです。その後、大手メーカーで時計製造の最高峰である超複雑機構(グランド・コンプリケーション)の開発・設計に携わり、その才能を開花させました。
そして2018年。スイスのサント・クロワで、ついに自身の名を冠した独立の道を歩み始めます。同年、デビュー作となる『クロノグラフ・モノプッシャー』を発表。この作品をきっかけにフランスの人間国宝に相当する最高栄誉『フランス国家最優秀職人章(MOF)』を受章するという快挙を成し遂げました。」
「2021年には、代表作となる『オリジン(ORIGIN)』を発表。翌2022年には、時計界のアカデミー賞と呼ばれるジュネーブ時計グランプリ(GPHG)で、最も前途有望な時計師に贈られる『審査員特別賞』を受章。彼の名は一躍、世界の頂へと轟きます。
さらに2023年。世界最高峰の時計師たちのエリート集団『独立時計師協会(AHCI/通称アカデミー)』の正会員へと昇格。名実ともに世界トップクラスの巨匠として認められました。」
日本への印象
まつあみ氏からの「日本へ初めて来られた印象はいかがですか?」という問いに、ピノー氏は、
ピノー氏:「まだ日本に到着して、たったの1日しか経っていませんが、しかし確信しています。この国には『手仕事への情熱』が息づいている、と。日本の方々は、驚くほど細部にまでこだわり、極めて高い審美眼を持っていらっしゃる。その妥協なき審美眼に応えられるような時計を、私はこれからも製作していきたいと思いました。」と答えられました。


デビュー作「モノプッシャー・クロノグラフ」に込めた思い
フランス国家最優秀職人章(MOF)をもたらし、世界にその存在を印象付けたデビュー作。その製作にかけたピノー氏の思いについて、まつあみ氏から聞いていただきました。
ピノー氏:「おっしゃる通り独立時計師として私の最初の作品です。修復を通した20年間の学びから得たさまざまな技術が踏襲されています。私は常に信じている事があります。それは時計師として大切なことは様々な経験を積むこと。試行錯誤を繰り返すことで得られた私自身の経験が、すべて詰まった記念碑的な最初の作品です。0から1年間をかけて、休みなく働いて、すべてを一人で作り上げた思い入れのある作品です。」とピノー氏は力強く語りました。


代表作「ORIGIN(オリジン)」の美学
ジュネーブ時計グランプリ(GPHG)の部門賞を受賞し、世界中からオファーが殺到したモデル「オリジン」。この時計が誕生した背景を、ピノー氏が情熱的に語ります。
ピノー氏:「この時計を創る時、私にはどうしても叶えたい長年の夢がありました。それは、『自分自身のための時計を創る』ということ。シンプルでありながら、私が愛するすべてを注ぎ込みました。3年間の歳月をかけ、ようやく自信を持って形にできるだけの準備が整ったのです。
デザインから始まり、設計をして、フォームができて、時計の機械的なメカニズムをそこに落とし込んでいく。ギアトレイン(輪列)の一つひとつにいたるまで、すべてが特別です。メカニズムと芸術性が完璧に調和した、単なる時計を超えた『芸術作品以上のもの』を目指しました。アートは私の人生に欠かせない、呼吸のようなものです。手仕事を重要視している。みなさまに手仕事の温かみをぜひ感じてほしいと思っています。」
まつあみ氏が「手作業へのこだわり、そしてアートに対する圧倒的な意識こそが、ピノー氏の作品を形作る血肉なのですね」と深く感銘を受けると、ピノー氏はさらに熱く語りを続けます。
「少し挑発的な考え方かもしれませんが……私にとって、ウォッチメイキングとは芸術そのものなのです。だからこそ、人間の手仕事やアートの魂を感じられない作品は、本当の『宝物』にはなり得ないと思っています。私が創りたいのは、オーナーが一生の宝物として、毎日身に着けたいと思える『本物』です。何世紀も前の過去から受け継がれた偉大な芸術と技術。ヴィンテージウォッチ等の古典的な芸術の修復に携わった経験から、それを現代の感性と融合させ、シンプルかつ機能的な美しさと共に、皆様の元へ届けたいという思いで製作しています。」
時計師ヴィアネイ・ハルター氏との絆、そして誇り高きAHCIへの門
同じサント・クロワに工房を構える独立時計師の重鎮、ヴィアネイ・ハルター氏。彼との間に紡がれたエピソードも、非常に興味深いものでした。
「私たちが拠点を置くスイスのサント・クロワは、静かで美しい小さな町です。驚くべきことに、多くの時計師たちが、この穏やかな環境を愛して暮らしています。ヴィアネイ・ハルター氏とは、工具を貸し借りしたり、一緒に新しいツールを作ったりする特別な間柄です。まだ荒削りで開発途中だった『オリジン』を見た時、彼は熱心にアドバイスをくれました。そして、完成した『オリジン』を見て、AHCI(独立時計師協会)へと背中を押してくれたのも彼でした。真の時計師として認められた証でもあるあの門を叩けたことは、大変光栄なことです。」

2026年の大作「トゥールビヨン」が奏でる鼓動
そして話題は、待ちに待った2026年発表の最新作トゥールビヨンの話題へ。
ピノー氏:「全てではありませんが、それぞれの時計師がその生涯で目指す機構のひとつだと思います。今回の新作のトゥールビヨンの特徴は、通常は1分間で一回転するケージが、30秒という非常に早いスピードでまわり、これは極限の微調整が求められます。至高の精度(クロノメトリー)を実現するため、素材の選定にもこだわりを貫きました。ブリッジはすべて手仕上げであり、そしてさらに、ゼロリセット機構も搭載しています。」
この極限のこだわりに対し、まつあみ氏から「まさにShellman(シェルマン)が掲げる『未来のアンティーク』という理念そのものを体現した作品ですね」と言葉が漏れると、ピノー氏は深く頷きました。
ピノー氏:「この作品を形にするため、私は何度も何度も、気の遠くなるような試行錯誤を繰り返しました。ブリッジの仕上げには、一切の自動機械(CNC旋盤)を使用していません。パーツをたった一つ生み出すために、約40時間を費やしています。私が目指すのは、100年後、200年後の未来、次の世代へ、またその先の世代へと受け継がれ、『未来のアンティークウォッチ』として愛され続ける時計を創ることだけなのです。」
終わりなき旅路。次回作への挑戦
ピノー氏:「実は、『ORIGIN』は100本までしか作らないと心に決めています。なぜなら、私は同じ場所に立ち止まり、同じ作品をただ作り続けるようなことはしたくないからです。常に挑戦者でありたいのです。そのため、現在は『ORIGIN』の遺伝子を受け継ぎながらも、ケースサイズを少し小ぶりな38mmに凝縮した新作を構想しています。それだけではありません。ムーブメントの心臓部である脱進機の構造についても、全く新しいアプローチを考えています。私の挑戦は、終わらないのです。」
会場のお客様からの質疑応答
そして、イベントの後半では、来場者からの熱い質問に対し、ピノー氏が自身の等身大の言葉で答えてくれました。
お客様A氏:Q1. 人生で最後に1本だけ時計を作るとしたら、複雑時計にしますか?それともシンプルな時計にしますか?
ピノー氏:「率直に申し上げて、まだその境地に達する年齢ではないので、とても難しい質問ですね(笑)。ただ、もしも十分な時間があるのであれば、私はきっと、最高に洗練された複雑時計にすべてを賭けると思います。スマートで洗練された究極のシンプルさを追求することもまた、耐え難いほど難しいことですが……今の私の本音を言うなら、人生の最期には、世界を驚かせるような『究極にクレイジーな時計』を遺したいです。」
お客様B氏:Q2. AHCI(独立時計師協会)のメンバーである日本の「浅岡 肇氏」など、他の時計師から刺激やシナジーを受けることはありますか?
ピノー氏:「それこそが、AHCIの目的のひとつです。小さな工房で孤独に戦う時計師たちが集まり、互いに技術を高め合う。浅岡肇氏は、まさに日本の宝です。世界中の卓越した狂気とも言える才能が集まる場所で、私たちは常に素晴らしい刺激を分かち合っています。」
お客様C氏:Q3. 現在の工房の人数は何名ですか?また『ORIGIN』はすでに100本作り終えたのでしょうか?
ピノー氏:「現在、サント・クロワの工房には9名のスタッフがいます。そのうち半数がウォッチメイキング(組み立て・調整)を担い、残りの半数がフィニッシング(仕上げ)という美の極限を担当しています。『ORIGIN』は年間25本の製作を目標としており、将来的には30本まで引き上げたいと考えています。しかし、完璧なクオリティコントロール(品質管理)を維持するため、これを超える増産はしない予定です。」

最後に、ロックンロールを愛する、ピノー氏の魅力
興奮に包まれたトークセッションの締めくくりに、まつあみ氏からピノー氏の素顔を映し出す、魅力的なエピソードが明かされました。
「ピノーさん、実は私が個人的に興味を抱いたのは、あなたの時計工房の映像に、エレキギターやマーシャルのアンプ、そして武骨なモーターバイクが写っていたことです。バイクをご自身でチューニングし、ロックンロールを掻き鳴らすのがご趣味だとか。ジミ・ヘンドリックスやジョニー・ウィンターがお好きとお聞きしました。時計の精密な世界と、内に秘めた熱いロックの魂。その二面性が、あなたの作品のエネルギー源なのかもしれませんね。ぜひ次回日本に来られる際は、時計の工具ではなくギターを持って、私とセッションしてください!」とまつあみ氏が締めくくりました。
トークイベント終了後は、暫しお客様とシルヴァン・ピノー氏とでご歓談いただきました。

ご来場いただいたお客様の為に、サインをするシルヴァン・ピノー氏。


ご来場いただいたお客様に「トゥールビヨン」の貴重なプロトタイプと、ピノー氏の私物の「オリジン」をお手に取って、じっくりご覧いただきました。
日本橋三越のシェルマン恒例イベント、cal.BARデスクにサインを記入するシルヴァン・ピノー氏。
イベントを終えて
時計の枠を超え、ひとつの「芸術品」として時間と向き合うシルヴァン・ピノー氏。彼の気さくで誠実な人柄にも触れ、会場は終始温かい熱気に包まれていました。また、トークイベントに続いて行われた受注会では、ピノー氏の作品に魂を揺さぶられた熱心な愛好家の方々にお集まりいただきました。時計師本人と直接言葉を交わし、その指先から生み出される小宇宙に触れる。そんな贅沢な時間の中で、氏の美学にさらに深く共鳴された方々から、大変希少な作品へのオファーをいただく感動的な一幕もありました。ご来場いただいた皆様、そして素晴らしい時間を共有してくださったシルヴァン・ピノー氏、本当にありがとうございました。
【特別インタビュー】その美学のルーツに迫る。
そして今回、僭越ながらイベントの合間に、ピノー氏へ個人的なインタビューを敢行する貴重な機会をいただきました。彼のクリエイティビティの源泉に迫るその内容を、ここだけの特別な「余談」として皆様に少しだけお届けします。
Q1.「若い頃は『建築家』を夢見ていた時期があり、アートへの造詣も深いとお聞きしました。ピノー氏の時計作りや大胆なデザインにインスピレーションを与えた、お好きな建築家や芸術家はいますか?」
ピノー氏:「建築自体がもう私にとってはインスピレーションの源です。特にこの私のウォッチメイキングにおいては、建築のなかでも特に、過去の建築から多くインスピレーションを受けていますね。例えばアールデコやアールヌーボー時代のアーキテクチャ、カーブを活かしたものや、直線的なもの、またそれらを一緒に融合してみたりと。今はさらに色んな近代的な建築に関しても常に観察をしています。例えば、空中建築でしたり、教会などからも、様々な違うタイプのライン(フォルム)が使われているので、それらを観察することは、とても好きです。で、そのなかでは、ジャン・ヌーヴェル氏や、またザハ・ハディッド氏が作っているもの、そのような建築からインスピレーションを受けてます。」
Q2. フランスで主に活躍した近代建築の巨匠ル・コルビュジエは、日本でも広く知られています。彼は時計の文字盤職人の父親を持ち、若い頃は時計に携わる仕事を目指していたというエピソードがあるのですが、コルビュジエの建築から何か影響を受けた要素はありますか?
ピノー氏: ル・コルビュジエ氏の建築からも、多くインスピレーションを受けております。特に個人的に素晴らしいなと思っているのは、教会に使われた色彩ですかね。色彩...すごくそこに情熱を感じます。私は様々な色彩を使うということはまだしていないんですけれども、軽めの淡い色から、また少し他の色を使ってみたりと、今はまだ何が自分らしい色彩なのか模索している段階です。そして何より、彼もフランスに深く根ざした巨匠ですから、私にとって影響を受けている存在であることは間違いありません。私にとってウォッチメイキングとは、「建築」という要素を含んでいます。構想・設計をして、組み上げていく。私はある意味、時計作りを通じて、かつての目指していた「建築家」としての夢を叶えたのだと思っています。
Q3.フランスの芸術は、古典的な調和を重んじる一方で、20世紀のキュビスムのように『既存のルールを破壊して新しい美を創造する』アヴァンギャルド(前衛)の歴史を持っています。ピノー氏の『ORIGINE』や最新作『Tourbillon』も、伝統技法を用いながら、文字盤のレイアウトは非常に大胆でモダンなアシンメトリー(非対称)を描いています。「伝統を重んじる時計師」であるあなたを、このような前衛的な冒険へと突き動かすものは何でしょうか?また、フランスという芸術的な土壌で育ったことが、クリエイティビティに影響を与えていると感じますか?
ピノー氏:「そうですね……まず、私が育ってきた家庭環境が非常に大きかったと感じています。私の両親は、生活の中でアートをとても大切にする人たちでした。幼い頃から、両親は私に愛情深くアートを学ぶ機会を与えてくれました。ただ知識として学ぶだけでなく、実際に美術館へ一緒に足を運び、様々な音楽を聴き、本物の芸術に触れて、自分自身で試してみる。そんなクリエイティブな環境で私を育ててくれたのです。そのため、私の根底には常に、古典芸能や古典芸術といった豊かな『文化』が、自然なものとして寄り添っていました。両親と過ごしたあの豊かな時間が今の私を形作っており、その記憶のすべてが、私の時計作りに深い影響を与えているのだと思います。」
インタビューを終えて
ピノー氏のお話を伺い、彼がなぜこれほどまでに「建築」や「アート」という言葉に強く共鳴するのか、その理由がすとんと胸に落ちました。
ひとつの時計が生まれるまでには、「脳裏に美を描く構想(デザイン)」があり、それを現実にするための「精密な設計(図面)」があり、最後にそれを命ある形にする「組み立て(職人技)」がある。このプロセスは、まさに巨大な建造物を生み出す建築家の仕事と全く同じだと思います。さらに、道具としての「機能性」と、人の心を震わせる「美しさ」の完璧な融合を求められる点も、建築と時計は共通の遺伝子を持っています。
ピノー氏は、時計というわずか数センチメートルの小さな小宇宙の中に、彼が愛した偉大な建築のロマンを閉じ込め、表現しているある意味、時計師としての建築家なのだと強く感じさせられました。
今回ご紹介した作品のさらに細かなディテールや、ピノー氏の人柄に迫るインタビューの様子は、ぜひ下記のリンク先から動画でもご覧ください。ピノー氏の肉声から溢れる情熱を、より深く感じていただけるはずです。
▼ 別スタッフ製作のインタビュー動画はこちらから!
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日本橋三越店 園田 (Event photos by Nakano)

